「スローフード」という言葉、みなさんも聞いたことがあると思います。世界的に食への関心が高まる中、日本でも数年前から食に関わるお店やメディアなどで使われるようになり、一気に馴染みのある言葉になりました。
実はスローフードは、それ抜きに語ることができないくらいファームキャニングの活動のベースにもなっています。
その運動に影響を受けた代表の西村は、仲間と一緒に「スローフード三浦半島支部」を立ち上げたほど。今回のコラムでは、そんな国際的草の根運動でもあるスローフードのこと、そして日本の運営機関である「日本スローフード協会(Slow Food Nippon)」や「スローフード三浦半島支部」についてご紹介します。
Slow Food Nipponの代表理事を務める渡邉めぐみさんにも、貴重なお話をうかがいました。
土地の食を守るスローフード
「スローフード」と聞いて、どんなことを思い浮かべるでしょうか?
昔ながらの日本の食卓という人もいれば、オーガニックレストランのおしゃれなメニューという人、畑に実る野菜たちの姿を浮かべる方もいるかもしれません。
そのどれもが間違いではありません。ですがスローフードは、「食」そのものを含めたもう少し大きな意味を持っています。
Slow Food Nipponの言葉を借りれば、“スローフードとは、私たちの食とそれを取り巻くシステムをより良いものにするための世界的な草の根運動”のことです。
きっかけは、当時世界中に店舗を拡げていたファストフード出店への反対運動。
土地に根付いた食文化が失われることに危機感を覚え、各地の伝統的なマンマの味を守ろうと動き出した若者たちによって1980年代にイタリア・ブラで設立されました。
その後スローフード運動は進化を続け、現在は160カ国以上へと拡がる国際的組織に。
文化、政治、農業、環境、経済などさまざまな要素で「食」をとらえ、フードシステムに対する総合的なアプローチを行っています。
2016年3月に、スローフード国際本部から承認を受けたSlow Food Nipponが発足。
全国各地に地域の支部やコミュニティがあります。
おいしく、きれいで、ただしい食を
スローフードには、「GOOD(おいしい)CLEAN(きれい) FAIR(ただしい)」というシンプルで素敵なスローガンがあります。
そこに込められているのは、おいしく健康的で、環境に負荷を与えず、生産者が正当に評価されることを目指す、という想い。
これは、ファームキャニングが設立時から考えていることにもつながります。
ファームキャニングとスローフード協会との出会いは、今から5年ほど前の2016年。
ファームキャニングを立ち上げて間もない西村は、スローフード発祥の地イタリアで2年に1度行われているスローフードの祭典「テッラマードレ・サローネデルグスト」(以下テッラマードレ)に日本代表チームメンバーとして参加する機会を得ます。
草の根運動と聞いていたのでシリアスな印象を持っていたのですが、イメージとはまったく違ったものでした。
街中が世界各地のおいしい物と人々の笑顔であふれ、さまざまな言語で交わされる「カンパイ」の声。
「おいしいし楽しいよ、みんなもどう?」「一緒に考えようよ!」そんなハッピーでウェルカムな雰囲気で満ちていました。
眉間にシワを寄せて「ファーストフード反対!スローフードを広めよう!」などと叫ぶ人はいません。
明るく前向きなムードにすっかり心を奪われた西村は、帰国後テッラマードレに一緒に行ったメンバーらと共同で「スローフード三浦半島支部」を立ち上げます。
スローフード三浦半島支部のメンバーは、西村をテッラマードレに誘ってくれた一般社団法人そっか共同代表 小野寺愛さんや、逗子葉山常備菜研究所 お結び処、アミーゴマーケット店主 井上園子さん、城ヶ島のマグロ問屋三崎恵水産の石橋夫妻、ナチュラルワインバー OHANAYA店主 折田幸久さんなど、ふだんの活動がすでにスローフードに直結しているような面々。
メンバーのことは同志のように思っています。
月に1度の定例会議では最初にそれぞれの近況報告を行うのですが、みんなの活躍に刺激を受けながらよしまた1ヶ月がんばろうとそれぞれの持ち場に戻るような感覚。
共同で地域近隣農家さんの規格外野菜の共同購入なども行っており、続けてきたおかげでできたプール金の有効な使い道なども協議しています。
Slow Food Nippon 渡邉めぐみさん インタビュー
世界的な食の草の根運動団体 スローフードの一部で、日本国内のスローフード運動の中心となる団体が日本スローフード協会(通称 Slow Food Nippon)。
スローフード三浦半島支部をはじめ日本全国の支部の母体でもあります。
そのSlow Food Nipponで2019年4月から代表理事を務めるのが、有機農家のお嫁さんで二児の母でもある渡邉めぐみさん。
スローフードに関わることになったきっかけやSlow Food Nipponの今後の展望についてなど、お話をうかがいました。
— スローフードとの出会いはいつですか?
通っていた大学に、今の前身となるスローフード ジャパンで当時副会長を務めていた石田雅芳さんが特別講師にいらしたことがあり、初めて最初から最後まで寝ないで講義を聞きました。
石田さんの話を聞くうちに、その頃さまざまな飲食店でアルバイトをする中で抱えていたモヤモヤが晴れていく気がしたのを覚えています。
— どんなことにモヤモヤしていたのでしょうか?
高校が進学校だったこともあり、なんとなく流れで大学へ進学したのですが授業には正直興味がわかず……
料理好きの母の影響で料理にはずっと興味があったので、居酒屋からはじまり、個人経営のイタリアンや本格的なレストランなど飲食店でアルバイトをしていました。
そのうち、3Kと言われるくらい調理の現場が疲弊していることや、使っている食材がどこでどう作られているか考えることもなく淡々と料理をしているような環境に疑問を感じるようになっていたんです。
石田さんが話してくれたスローフードの考え方や活動は、当時感じていた食の問題の解決策になるように思いました。
— その後スローフードに関わるように?
講義の後、スローフードについてもっと知りたいと石田さんに伝えたところ、スローフードジャパンの活動のお手伝いをさせてもらえることになり、
それから少しずつスローフードに関わる時間が増えていきました。大学生の仲間を中心にSlow Food Youth Networkも立ち上げました。
周囲が就職活動をはじめる中で進路を考えている時にスローフードジャパンの大人たちに勧められ、イタリアの食科学大学University of Gastronomic Sciencesの修士課程へ進学しました。
食科学は、さまざまな学問の中に散りばめられている食の要素を1つに落とし込んだ学問で、University of Gastronomic Sciencesはそれを学ぶことができる世界で唯一の場所。
午前中はアミノ酸の分子式や食品ラベルの法律など難しい講義を聞いたかと思えば、午後は山へ繰り出したり、チーズのテイスティングの授業があったり、目が回るくらいいろいろな分野から食を学びます。
卒業後はバスク地方のレストランで働くことがほぼ決まっていたのですが、スローフードインターナショナルから、組織を新しくするから一緒にやって欲しいと誘われて日本に戻りました。
新しいSlow Food Nipponという組織を立ち上げ、運動の活性化や若返りを行いました。
— その後3年目で代表理事に。とてもスピーディな展開ですね。
最初に話を聞いた時は、私では分不相応だろうと思いました。
でも「若くて女性でお母さんであるあなたがやるからこそ意味がある」と言われて……
みんなを巻き込んで助けてもらいながらならできるかなと引き受けました。
2018年から2019年にかけては、妊娠、結婚、出産、そしてSlow Food Nipponの代表理事就任と、今考えてもかなり目まぐるしい年でしたね。
— Slow Food Nipponではどんな活動に力を入れていますか?
スローフードの主な活動の一つに、地方ならではの伝統食材を守り繋いでいく「味の箱船」という取り組みがあり、日本でも全国各地に74の味の箱船が登録されています。
昨年クラウドファンディングを通じて支援を募り、絵本をつくるプロジェクトをスタートしました。
第一弾として4地域4食材を題材にした4冊が完成し、各地の教育委員会へ寄贈したところです。
絵本というツールができたことで、教育機関や自治体など多くの人と一緒に行動を起こすきっかけになり、子どもたちへの読み聞かせや食育ワークショップなど活動が拡がります。
そして何より、生産者さんや地域の人たちを巻き込みながらつくる、その過程にとても意味があったように思います。
長い間その地域だけのものだった食材に、外から来た人間が注目し絵本をつくろうとしている。「うちの食材がすごいらしいぞ」と、制作が進むにつれて、生産者さんや地域、子どもたちの目が変わってくるのを感じました。
— 今後どんな活動をしていきたいですか?
味の箱船絵本は今後も継続してシリーズ化していきたいです。
また、テッラマードレ日本版のようなイベントをやっていきたいとも思っています。
規模は小さいですが、神戸市で開催している「WE FEED THE PLANET」が少しそれに近く、おいしいものを囲んで全国の生産者・料理人・食の専門家と一緒に食の未来を考えるイベントです。
今年2月の開催で3回目だったのですが、終わった後は「また来年ね!」と言える関係性が既にできている。
ここで生まれた出会いや繋がりに勇気をもらっているという声をたくさん聞きます。
作る人も食べる人も、すべての人がフラットに関われるイベントは今後も企画していきたいです。
— 代表理事としてSlow Food Nipponをどういった組織にしていきたいですか?
止まらず新陳代謝をし続ける組織でいたいと思っています。
私も若いと言われますがもっとより若い世代へ目を向けたいですし、次へバトンを渡すということも考えています。
いまの大学生を見ていると、進路を考える際に食を中心に捉えたいという子がとても増えていると感じます。
災害やコロナウイルスの流行などで暮らしが否応なく変化し、生きている間に何か確実に起こるだろうと実感する場面が増えたことも一因かもしれません。
東京近郊の若者が中心となって活動しているSlow Food Youth東京では、音楽に合わせて破棄される食材をチョップしてスープを作り、道ゆく人たち配る「ディスコスープ」というイベントを定期的に開催しています。
暗い問題をそのまま伝えるのではなく楽しく食べちゃおうよとイベント化してしまうのが、若者らしいですよね。
そういった若い世代との接点をもっと増やしつつ、たくさんの人たちをいろいろな形で巻き込み、日本各地、世界各地と繋がりながら常にアップデートしていきたいです。
スローフードの歴史は長いですが、Slow Food Nipponはまだ6年と組織としては若い。
できることから一歩一歩、肩肘張らずにそれぞれができることをフィードしていけたらいいのかなと思っています。
今年はテッラマードレが開催される年。
2016年以来となるトリノ市内の「ドーラ公園」を会場に、野外で実施されます。
スローフード日本やテッラマードレに関するお知らせはSlow Food Nipponの各種ソーシャルメディアでご確認ください。