ファームキャニング「畑のびん詰め」ができるまで

畑仕事と瓶詰めを楽しむ年間スクールからFARM CANNINGは始まりました photo by Yuka Yanazume

畑仕事と瓶詰めを楽しむ年間スクールからFARM CANNINGは始まりました photo by Yuka Yanazume

こんにちは、ファームキャニングの西村です。

今日からスタートするこちらのコラムでは、西村とファームキャニングのスタッフが、私たちファームキャニングのこと、野菜や食の背景など、毎日の「おいしい」につながるお話を綴っていけたらと思っています。

ファームキャニングは規格外などの理由で市場に出回らない野菜を積極的に農家さんから買い取り、ソースなどの瓶詰めを製造販売しています。

初めは自分一人で数本作るところから始まり、今では神奈川県や都心部のお店などにお取り扱いいただくほどになりました。

なぜびん詰めを作ることになったのか、そしてなぜ規格外の野菜を取り扱うのか。

一回目のコラムでは自己紹介も兼ねて、ファームキャニングの始まりをお伝えします。


キャニング=びん詰めという知恵

ジャム、ピクルス、醤油漬け、オイル漬けなど、瓶詰めの種類は幅広いのです photo by Yuka Yanazume

ジャム、ピクルス、醤油漬け、オイル漬けなど、瓶詰めの種類は幅広いのです photo by Yuka Yanazume

まず初めに、canning(キャニング)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。英語で、びん詰め・缶詰めという意味で容器内を真空にして殺菌し、保存することを指します。

以前アメリカに旅行した際に購入した「HOME CANNING」という本を帰国後に眺めていたところ、ジャムやピクルスだけでなく、たけのこや山菜の水煮など日本でも昔から瓶詰めはあったことに気づきました。

そう、多くの国や地域でもおばあちゃんの知恵のように作られてきた瓶詰めがあるのです。しかも冷蔵庫などのエネルギーを使わなくても常温保存できる。なんという知恵でしょう!

この知恵を現代で見直すことは、利便性を追求することとは真逆ではあるものの、大切な何かを得られるように思えました。

そして、野菜だけでなく畑での時間や思いも詰め込む、そんなコンセプトのびん詰めを作ろうと考えてFARM CANNINGという名前を思いついたのでした。

 

きっかけは、三浦半島・葉山への移住

海まで徒歩3分の場所に家を見つけて引っ越しを決める

海まで徒歩3分の場所に家を見つけて引っ越しを決める

日常的にびん詰めをしていたわけではなかった私が、試行錯誤してオリジナルのびん詰めを考えるようになったのには、人生の転機となる大きな出会いがあったからでした。

 今から7年前の2014年、次男の出産を機に三浦半島に移住しました。

それまで私は都内でオーガニックカフェの運営に奔走していました。保育園に入れられなかった長男は、初めの頃は保育ママでお預かりしてもらい、お迎え後は仕事場に車で連れて戻り、さらに会社帰りの夫に息子をバトンタッチ、という綱渡り状態をやりくり。

仕事はやりがいもありましたし充実した日々でした。しかし2人目を妊娠し、さらにまた男の子だとわかった時、その綱渡りはもうできないという現実に直面。息子たちや家族との時間も大切にするにはどうすれば良いかと悩み続け、思い切って仕事に区切りをつけて2014年に神奈川県三浦郡葉山町に移住することにしたのです。

 

理想の農園との出会い

山に囲まれた広い敷地

山に囲まれた広い敷地

農家さんのお野菜やフェアトレードの食材を使ったりする仕事柄、自分のライフスタイルも人のつながりを大切にするものや環境を配慮したものをできるだけ選びたいと思うようになっていました。

引越したらさぞ地元の食材がたくさんあるのだろうなと、わくわくしていたのですが、住んでみるとなかなか地場野菜に出会うことがありません。

葉山では昔あった田畑は減り続け、ほとんど農業をされている方がいないということを知り、とてもショックを受けました。

 それでも諦めずに地元で農業をされている人はいないかと探していると、素晴らしい場所に出会ったのです。

それは葉山から横須賀にかけて広がる広大な土地で無農薬・無化学肥料栽培でチャレンジする農園でした。

 

初めて連れて行ってもらった時のことは忘れもしません。

山に囲まれたその農園は、ただただ広い、そして、ぐるりと360度自然に囲まれた非日常的な場所でした。

生態系を崩さないようにと配慮しながら、少しずつ荒野を切り開き作物を作っていたその農園は一般的な畑のイメージとは程遠く、どちらかといえば「広大な土地」。野生のキジがスタスタと横切り、運が良ければうさぎに出会うことも。

 

そこで食べさせてもらったルッコラの力強い味に感激し、自生するヨモギを興奮して摘み取り、こういう場所に出会いたかった!と幸せを噛み締めたのでした。

 

農業に触れる経験

子どもたちものびのび過ごしました

子どもたちものびのび過ごしました

ここに通いたい!そう思うと同時に農園のお手伝いに誘われ、野菜と引き換えに収穫や出荷のお仕事をすることに。

まだ0歳児の次男をおんぶしながら、畑のお世話をする方達に野菜のことを教えてもらい、

無農薬で栽培することの大変さやその必要性を実感しました。

 

そして何より、種から芽を出し成長する野菜たちからは、いのちの美しさを教えてもらったのでした。

植物の世界はミクロの世界。その小さな宇宙にも、自然の摂理で循環するサイクルがあり、どの生き物も植物も、自然の一部としてお互いの命を支え合っている大きなシステムなのだと見えてくると、自然の神秘に胸を打たれました。

 

畑仕事とびん詰め作りのスクール

みんなで収穫した野菜はランチに

みんなで収穫した野菜はランチに

活き活きとした野菜を自分で採って食べる幸福感。季節ごとに楽しみな旬の味。

農園を手伝ううちに、そうしたことを多くの人に紹介したいなあと思うようになりました。

同時に、無農薬・無化学肥料で栽培することの難しい面や、都市近郊農業の色々な課題も見えてきます。

手伝いを1年ほどした頃に、もっとこの場所の素晴らしさを伝えることで農園にも還元したいと思い、FARM CANNINGを立ち上げることにしました。

どうやったら食の背景や生産者の想いを伝えられるだろうかと考え、ただ収穫体験だけをするような消費の場ではなく、来た人が何かを生み出すことができたらいいねと話し合い、年間を通した畑仕事とびん詰めのスクール事業を始めてみることに。

冒頭でお伝えした「びん詰め」を媒介に、畑での時間や体験を持ち帰ってもらおうと考えました。

農園主が畑の先生、私が旬の野菜を使ったびん詰めめ作りを担当。

春夏秋冬、多少の雨の日でも月に1度集まるコミュニティは職業や年齢の枠を超えたつながりを生みました。

 

持続可能な農業を応援したい

農園でのスクール事業を通して生産者のことを知ってもらうと時に、なんとか解決したいもう一つの課題が私にはありました。

それは、収穫と発送をしていた時に私自身が直面した、大きさや形などが不揃いの野菜たちのゆくえ。凹の形や大きさのばらつきや色むらなどの差異。特に無農薬で栽培するため、虫に食われてしまうなどの理由で出荷できないものが出てくるのです。

 

種から蒔いて、何ヶ月もお世話をしたのに、見た目が理由で売り物にならないということに私はなんともやるせなさを感じていました。ただでさえ始めて間もない小規模農園。販売できる野菜がないということは収入が生み出せないということを意味します。

それどころか「売れなかったから売り上げ0円」ではなく、それまでかけた時間やコストがマイナスになってのしかかってくる。

環境のことを考え、食べる人のことを想い、手間をかけながら人のいのちを支える仕事をしているに、こんなに大変な思いを一方的に背負わなければならないのは理不尽すぎる。もっと正当な評価を受けるべき立場の人たちだと伝えたい。

そんな風にして、持続可能な取り組みをする農業を応援したいと強く思い始めたのでした。

 

規格外野菜=もったいない野菜

人参の規格外品は二股や割れてしまったものなどが多い

人参の規格外品は二股や割れてしまったものなどが多い

こうして野菜の流通にも「規格」があり形や大きさ、品質に一定の基準が設けられていること、規格に当てはまらない野菜は「規格外」と呼ばれることを知りました。

例えば規格があるおかげで全国どこにでも届けるためには同じ大きさや形の方が効率的に運べますし、価格も一定に揃えることができます。今や各地の野菜を安定した価格で店頭で購入できるのは、そうした規格の恩恵でもあると言えるでしょう。

 

規格の基準には傷の有無もあります。もちろん野菜に傷がありそこから傷むようなことがあっては衛生的によくありませんが、品質に問題のないかすり傷程度のものなども市場に出せません。

そうして調べていくと、野菜の生産のうち約1/3は規格外とされているとのこと。

形や色、大きさといった見た目の問題で商品からはじかれてしまうのはもったいない!

そんな野菜たちをどうにかおいしく広げる方法はないだろうかと考えるようになっていました。

 

手探りで始めたびん詰め作り

甘夏と菜の花のマリネ

甘夏と菜の花のマリネ

皮を剥いたり、刻んでしまえば見た目の問題は気にならない。そう思って、不揃いの野菜たちを調理してみることにしました。

まずはピクルス、ジャム、ドレッシング。ペーストにしてポタージュスープにしてみたり。そしてその調理したものをびんに入れ、常温保存するために脱気処理をしてみる。脱気とはびん内の空気を抜いて真空にすることで、菌を繁殖させないようにする手法です。家庭で簡単にできる方法としては、内容物を入れたびんを鍋で煮沸して、蓋を少し緩めて膨張した空気を抜きます。そのタイミングや温度管理など、子供達を寝かしつけた後の自宅のキッチンで夜な夜な試作を続けていました。

せっかくなら、ジャムやピクルスといったすでにたくさん商品のあるジャンルではなく、ご飯を作るときに役立つものを作りたいと考え、いろいろなものを試しました。

手探りで始めたために、失敗もたくさん。殺菌ができていないとびん内発酵してひどい匂いが充満するなんていうことも。家族からのクレームを尻目に、あれこれと研究しました。

 

楽ちんごはんを作る”万能ソース”

塩麹を使った野菜のバーニャカウダソース

塩麹を使った野菜のバーニャカウダソース

失敗、実験を繰り返しながら少しずつ安定した商品作りができるように。地元の個人のお店やマルシェなどの手売りからはじめました。これまで本当にいろいろなびん詰めを作ってみたものです。何度も作るうちに、販売数も増え、一緒に作ってくれる仲間もできました。

そうして行き着いたのが野菜のバーニャカウダソースや季節野菜のジェノベーゼソース、香味オイルなどの万能ソース。

かけるだけ、つけるだけ、混ぜるだけで簡単に一品ができるような便利さを備えたオリジナルソースです。

一般的にはバーニャカウダソースというとアンチョビを使いますが、私たちは農家さんのお米でできた糀で塩麹を作り、それを使っています。

にんにくとオリーブオイルの風味もしっかりあるので植物性なのにコクのある仕上がりに。

季節の人参やビーツ、トマトなどを合わせた野菜のバーニャカウダソース「ベジバーニャ」は今ではファームキャニングの看板商品となりました。

サラダにかけるだけ。肉や魚につけるだけ。ご飯やパスタに混ぜるだけ。

楽ちんに作れておいしく食べることが、巡り巡って生産者の方とつながる、そんなびん詰めを目指しています。

 

「おいしい」の背景につながる

野菜の美しさには惚れぼれしてしまいます

野菜の美しさには惚れぼれしてしまいます

子育てをゆっくりしようと思って移住した先の思いがけない出会いが、今の私に導いてくれました。これだから人生は面白い!

 

びん詰め以外も、もったいない野菜をもっと使うために「もったいないケータリング」を始めたり、生産者の方々への工品の講習を請け負い、イベントを開催したり...。ファームキャニングとしていろいろな取り組みをさせてもらっていますが、何よりも私が一番楽しませてもらっているかもしれません。

いろいろな農家さんに出会い、その考え方や想いに触れるたびに、なんて素晴らしいのだろうと心を動かされ、新たな世界が開かれていくようです。

 

おいしい!楽しい!という食事は人を幸せにしてくれます。

そしてその幸せにしてくれる食べ物に込められた想いや背景と繋がった時、きっとおいしいいう以上に豊かな気持ちを運んでくれることでしょう。

 

どうぞ皆さんも、そのひとくちに選ぶものは、どこから来ているのだろう?どんな人が作ったのだろう?と思いを馳せてみてください。そして直接つながりを感じるおいしさを、一つでも多く探してみてくださいね。